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「田舎者」が都市と地方との関係から決まると思ってる人は「忘れられた日本人」を読まないと死ぬ

「田舎者」っていうの,「田舎」で生まれたり育ったり働いたりしてるしてる人とか,「田舎」からでたことがないとか,いついつまで「田舎」にいた,とか,そういうのを指標にするものじゃないと思う.

 

田 舎者,都市⇔地方の関係から位置づけられる人間の空間的移動が付与する属性,ではない.田舎者っていうのは心性,物の考え方,もってる枠組みだと思う.田 舎者的な心性を持ってる人間が田舎者だと思う.東京23区内で生まれようが,田舎者的なパースペクティブを持ってれば田舎者だと思う.そもそも生まれ育っ た場所の比較みたいな考え方が極めて田舎者的で,大都市や地方都市の出身者にそういう田舎者が多い気がする.

 

このあたりに ついては宮本常一っていう人の書いた名著「忘れられた日本人」に詳しい.宮本常一っていう人は民俗学者で柳田國男よりも偉いひとなんだけど,忘れられた日 本人には宮本常一が西日本を中心に昔の日本のことを知ってるいろんな人に話を聞きまくったことが書かれてる.民族誌の本だと思うけど,本質的には「コスモ ポリタンとは何か」っていう話だと思う.宮本常一は,昭和中期になっても近代化から置いていかれた西日本の山間の農村で生きる,真の都会人を見つけてい て,まあどこに住んでいるかと都会的価値観を持ってるかどうかは,全然関係ないよねっていうことです.そんなことは人間普通わかってるんだけど,居住地っ ていう枠組みはすごく分かりやすいからよくある不毛な田舎者論みたいな感じになると思う.忘れられた日本人はおもしろすぎて,去年の夏に3週間くらいある 地域へ宮本常一みたいなフィールドワークしに入ってたんだけど,調査ほとんど放棄して忘れられた日本人読んでた.

 

田 舎者的なパースペクティブって何かっていうと,いろいろあるけど,雑に一言で言えば世間が狭い感じ.世間が狭いから,損得にこだわったり,学歴や理系文系 にこだわったり,ゴシップが好きだったり,「レール」を外れることが認められなかったり,他人の目が気になったり,生活保護受給者や外国人を蔑んだり, 「頭の良さ」にこだわったり,とかとかとか,いろいろしたりすると思う.


とはいえ,そもそも西洋式の思考装置を日本語で利用してい る時点で,日本語話者は明治時代以来一貫して田舎者でしかないっていう言語と志向との間の構造的なやつもあるので,まあ気にしなくていいんじゃないかって 思う.本当に明治維新以来日本にはいいことないと思う.維新とかいうのは本当に碌なことがない,昭和維新が最悪な感じだったのは周知のとおりだし,明治維 新はただのクーデター.自分はしょぼい歴史認識しか持ってないけど,明治維新があったから産業革命と近代化に成功して西欧列強となんとか対等に渡り合えた とかいう見方,本当にお笑いだと思う.何の話書いてたか忘れた.