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英語と友情

シンガポール兄ちゃん

 このまえ割とフォーマルな感じでいろんな人にインタビューしまくる機会があったんだけど,シンガポール人ぽい兄ちゃんがいた.そのほかは全員日本人で,日本人には,おれが無理いって話を聞かせてくださいってお願いしている立場なので,ふつうにていねいにコミュニケートした.だけどシンガポール兄ちゃんとの会話は英語で,シンガポール兄ちゃんと英語で話した瞬間,なんかそういうフォーマル感なくなって,最終的に名前を教えてもらって,うおー!めっちゃいい名前だね!今日はありがとう,君に出会えてうれしいよ my friend!とか英語で自分で言ってて,あとから冷静に考えると明らかにふだんとは別人格だった.別人格だったけど,ちゃんと自分が思っている好意を伝えていて,不思議な感じだった.ふつう日本人ですごいイイヤツに出会ってもこういうコミュニケーションはしない.

■おっさん

 研究室に南アジアのどっかから来てる留学生のおっさんがいて,そのおっさんと友だちみたいになっている.おっさん,家族つれて日本にきてて,学内で子どもをママチャリにのせて走ったりしてる.おっさんはちょっと日本語できるけど,基本的に英語でコミュニケートしている.
 このまえ夜にサイゼにひとりで行ったらなんか南アジアっぽい人々がたくさん入ってきて,さいごにおっさんも入ってきた.どうしたのって聞いたら,きょう妻の実家のみんなが日本にきたからみんなで食事しにきたんだとか言ってて,おっさん最高じゃん,子どももみんなかわいいよねとか話したんだけど,そんなことより,皮肉でなく,南アジアから親族きて速攻でサイゼに連れて行くのかなりクールな選択肢だとおもった.
 おっさんとは学内での居室が全然ちがうのであんまり会わないし話さないんだけど,学内で偶然会うと最高の笑顏でヨォ元気かみたいに声かけてくれるし,ちょっと距離はなれたとこですれ違ったりするときも目を合わせると最高の笑顏を送信してくれる.
 おれは英語力そこらへんの中学生以下なのでロクな会話できないんだけど,そういう笑顏主体のコミュニケーションでいつのまにかすごい友情構成されてた.たぶん日本人は比較的,あんまし笑顏であいさつしないから,笑顏であいさつしてれば仲良くなれるんだと思う.

■友情の加速

 友情存在すると,ひどい英語力でも友情が加速する.今年の1月4日とかに研究室いったらとちゅうでおっさんに会って,この時はマジやばくて,おっさんに,新年早々きみに会えるなんて最高だよ,きょうはいい日だ,きっとことしはいい年になるな!とか言われてマジ焦った.ふつう日本語では友だちにそういうこと言わないし,はっきりそういう風には思いすらしないけど,でも,よく考えると確実に心の底では自分もおなじようなことを思っていると思った.つまり英語だから,異文化コミュニケーションのツールである英語だから,思ったことを端的に伝えているだけなんだと思った.
 そういえばこのできごとの数週間まえには,ほかの日本人とこのおっさんとで3人で話してて,おれが日本人とおっさんのこと話してたら,おっさんに,いまどういう話してたの?って聞かれたから,so I mean, you are my best friend! とか言ってて我ながらやばかった,やばかったけどそれは本当に思っていることで,もし自分がもっと複雑な英語を話せたとしても,おなじこと言ったと思う.英語つかって思っていること端的に伝えている限り,友情は加速することが明らかになった.

■日本語

 でもこのまえ,とにかく暑い日におっさんに会ったとき,きょう異常に暑すぎてやばい,おっさんはこれまでこんな暑い国にいたことあるかみたいなこと聞いたんだけど,英語力なさすぎるのでふつうに伝わらなくて,ふつうに伝わらなかったらふつうにもういちど言えばいいんだけど,体力ないから日本語でいった.おっさんと日本語で会話したの初めてなんだけど,日本語で敬語つきで会話した瞬間,おっさんとの友情が消滅したのを感じた.日本語でしゃべろうとした瞬間,おっさんがおっさんであるがゆえに自分より年上であり,大学での学年も自分より上だっていうのが自分の意識のなかに出てきて,そしたら一瞬で敬語で話さずにはいられなかった.英語やめて日本語の敬語で話したら一瞬でおっさんは友だちではなくなった.単なるそこらへんのおっさんになった.