読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

Tumblr論書いた

スマートフォンは最近10年間のインターネットに最も大きな影響を与えたものの一つとして挙げられると思う.特にiPhone以降のやつ.アップルとサムスンのインターネットに対する貢献は凄まじい.Facebookなんかよりよっぽど根本的な変化をインターネットに経験させたと思う.インターネットはスマートフォン以前と以後に分けられる.
スマートフォン以後のインターネットにおける情報量と情報通信量が時空間的に飛躍的に拡大したので,インターネットはスマートフォン以前と比してはるかに混乱したグッチャグチャの世界になった.もはやインターネットがグーグルで検索すれば地平線まで見通せる世界でないことは誰の目にも明らかだと思う.その混乱の一応の解決策として,ユーザーと情報との時空間的な近接性が重視されるようになったのがいまのインターネット.
そうするとインターネット上の情報はどんどん見えなくなっていく.古い情報がまるで見えなくなっていく.インターネットの個々のアーカイブ性みたいなのは極めて縮小化され,事実上限りなくゼロに近い感じになる.いまの,すぐそばの情報以外には価値がない,ということにされている.これは暴論であって,テクノロジー側の都合であって,人間の文化的生活側の都合ではない.ちょっと曖昧な認識しかできてないけど,テクノロジーは情報そのものの核の価値ではなく,情報に付随する時空間的属性まで含めた大きな単位の情報の価値を,情報の価値判断を行なう天秤にかけている.しかも核の価値よりも属性の価値のほうに重点が置かれている.その尺度は便利だけどつまらない.
Tumblrはこういう時空間的属性へ過剰に重点を置かない論理が特徴であって,楽しいところだとおもう.前置きが長くなった.重要なのは個々のコンテンツにパーマリンクをきちんと付けてくれるところで,そうするとソースが消えてもTumblrには残る.もともとそういう自分のためのアーカイブを作るサービスだったから.いまTumblrのTシャツ着てTumblrのこと書いてるのすごく変な気がしてきた.個々のコンテンツに決して消えないパーマリンクが付与されて,しかも時空間的属性の弱い空間(へんなにほんごだ)で情報を得られる.そういう意味でスマートフォン以後のGoogleの真逆を行っていると思う.そこはTumblrをインターネットの変化の流れの中に位置づけたときのおもしろいポイントかも知れないと思って,Tumblr論なんてどれもこれも気持ちが悪いのにあえてメモしておいた.要素としては当たり前のことしか書いてない.